入間人間さんのラノベ「安達としまむら」レビュー

2019年1月27日アニメ/マンガ等, 感想/レビュー

 「日常系」とはその名の通り特定の人物達の日常を描いた作品。人間の日常には人間関係がある。女子高生の日常においてはクラスメイトや部活動での友人関係はもちろんだが、家族関係も重要視しなければならない。「同性愛」等は主に家庭環境や教育によってもたらされる後天的なものであるため、家族を描かずに百合を語ることは出来ないはずである。なお、本記事では同性愛自体の是非については触れない。
 当人が同性愛者だったり何らかの政治的、思想的バックボーンに基づいて制作したりと、「同性愛」等を主題とする作品を制作する人間にはいくつもの属性があり、彼らの思惑は相いれない場合も多々ある。典型的に家庭を描かない場合は政治的な背景を持っているか、或いは政治勢力に利用されるポテンシャルを持つ。なぜならば彼ら(彼らを主導する者達)の目的は文化破壊にあるためである。既存の秩序、文化、伝統を破壊することが新しい「革命」である。同性愛者に優しい差別の無い世の中を実現すると口では叫びながらも、本質的には「同性愛」者等を手段の為の目的適度にしか認識していない。

 しまむらの家族を見てみよう。両親がいて妹がいる。一家四人は核家族社会の現代でも、人々が描く割りと理想的でオーソドックスな家庭像である。しまむら家は休日には一家で外食に行くこともある。家庭内でもこれといって不自由は無く、幸せそうだと見受けられる。
 安達の家族を見てみよう。1巻時点で父親は登場していない。安達と安達の母親の関係は良いとは言えない。食卓を同じくすることも稀な様子だ。
 作者が(どの程度)意図しているかは不明であるが安達としまむらの家庭環境の対比は重要なポイントだ。安達はしまむらに理想の家庭(母親)像を重ねているのかもしれない。
 二人は自らをどのように定義するのか。今後の作品の展開から作者や出版社の立場や意思を探ることができる。新刊が待ち遠しい。